「ミーラインソフィア」-絵本・童話・生命の知識- ブログページ

ミーラインソフィアのブログページです。
心霊学や体験談もとに絵本や言葉で、より楽しく生きる価値観をご提供できればと思います。
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1章 その8 「神様は何も裁かない。愛の法だけを作りました」

前回、法則たる神様によって正義と公正が約束されている、と言いました。
ですが、ここをより詳しく言うと、


実は神様は何も裁いたりしません
ましてや人を裁くなどしないのです


あれれ? 言っていることが違うんじゃない?
神様が裁くから公正なんじゃないの?
みなさんの疑問は、まったくもってその通りです。


その疑問に答える前に、法則が何のためにあるのかを知らねばなりません。
すべてのルールにはちゃんとした意味があるものです。
信号があるのは、事故が起こらないためです。
みんなが焦らずにしっかりと順番で動けば安全だからです。
それと同じく、神様の法則にもちゃんとした意味合いがあります。


神様は、のために法則を作りました


神様は愛です。
法則と聞くと冷たい印象を与えますが、ここでも神様の性質を思い出してください。
神とは無限であり全知全能です。そして法則は物、精神、霊、すべてに存在しています。
ということは、神様とはすべての知識を持ちながら、当然ながら人間が求める愛や優しさも極限までもちあわせた存在である、と言うことができます。


つまり、神様とは究極の愛を抱く知的存在なのです。


それがあまりに強大で巨大なために、私たち人間には理解できないだけです。
たとえるならば、神様が人間だとすれば、私たちは蟻(あり)さんです。
蟻さんがパソコンやスマホを開発できるでしょうか?
蟻さんが天体の発見や、人間のような愛情を表現できるでしょうか?
どう考えても無理ですよね。虫と人間の間には、途方もないくらいの差があります。

人間は自分が優れた知的存在だと思い込んでいますが、神様と比べたらそれくらいの差があるのです。
だって、地球や太陽すら作ってしまう存在なのです。
宇宙を作ったり、ブラックホールを作ったり、もう完全無欠です!
いやいや、人間すら生み出したのですから、人間が神様に勝てるわけがありません。


その最高の叡智(えいち)を持つ神様が作ったのは、愛の法だけです。


※叡智(えいち)とは、とても頭が良くて優れていることです。
 特に優れた知識を正しく使っているときに使います。


これが、神様が愛だという最高の根拠です。
なぜ法則が愛であるかといえば、法則を観察すると、すべてが愛につながっていくからです。私たち地上世界でもそうですし、当然死んだ後で活動する霊界(れいかい)でもそうです。


特に霊界では、法則というものがありありと見えるようになります。
そこで霊人さんたちは、そのあまりの完璧な法則に驚くのです。
子供のみなさんはまだわからないかもしれませんが、人が成長していくと必ず愛に行き着くようにできているのです。動物や植物、自然に優しくすること、何よりも同じ人類に対して心から愛情を抱き、尽くすことを知ります。


考えてもみてください。
みなさんが赤ん坊の時、誰が世話をしてくれましたか?
お父さんとお母さんがいなければ、あるいは家族のみんながいなければ赤ん坊はすぐに死んでしまいます。
そこにあるのは、自分より弱い者への愛情、優しさという素晴らしい感情。
そもそも愛がなければ何一つこの世界では生きてはいけません。


神様が作った法則とは、ただただ愛を学ぶための法則なのです。
神様にとって人間は子供と同じです。子供が成長できるように法則を用意してあります。みなさんが学校で勉強するのは立派な大人になるためですよね? それと同じです。
立派な大人になるということは、みんなで楽しく生きるために助け合うことです。それが社会というものですからね。


では、神様が作った公正とはどういうことなのか。
それを次に見ていきましょう!






1章 その7 「神様は善であり愛かつ、公正で絶対正義です」

法則が神様である。


みなさんも、それはわかりましたね。
法則の中ですべてが存在しているので、私たちの生活すべてが神様に包まれているようなものなのです。


さて、法則が神と聞くと、何かとても「無機質」に感じますね。
とても冷たい感じがして、そこに温もりをあまり感じません。
それだけならば、やっぱり神様がいても何も変わらない、と思うかもしれません。


ですがみなさん、安心してください。

神様はであり、であり、正義であり、絶対公正なのです。


ここ、とても重要です。これがないと何も意味を成さなくなってしまいます。
私たちが神様のことを否定しがちな理由の一つが、世の中が公正には見えないことですね。
昔から人間の間では貧富の差が存在しています。最近は資本主義という中で、不平等がさらに見えやすくなってきました。


お金持ちはずるい手を使ってお金を儲けているように見えますし、独裁者は人々を弾圧して国をめちゃくちゃにしています。こんな世の中で神様を信じろ、というのは実に難しいですね。
今だけを見れば不公平です。こんなのおかしいに決まっていますね。


ですが、その後必ず公正に裁かれると聞いたらどうでしょう?


思い出してください。
神様は無限で永遠なので、時間という概念は存在しないのです。
そして、人間も死にません。肉体が滅びても違う身体で生き続けます。
人間の魂には寿命がないのです。不滅の素材でできているからです。

そのように時間がないのですから、いつかは必ず自分がやったことに責任を負わねばなりません。
それが百年後でも千年後でも、あるいは一万年後だってよいのです。いつかはそれを償うのです。


神様は絶対正義ですから、その人が罪を償うまで許してはもらえません。


だって、もし悪いことをして、そのままだったらおかしいでしょう?
正義とは、正しいことです。公正とは、平等のことです。
良いことをしたら褒められて、悪いことをしたら怒られる。
その人だけ特別扱いして何もしないで許してもらえたら、こんな不公平はありませんね。
「そんなの、ずるい!!」まさにその通りです。


ですから、神様は必ず正義を貫きます。すべての人を公正に裁きます。
もし誰かをいじめてしまったら謝らないといけません。
その心の傷が癒えるまで手助けしないといけません。
これがいわゆる「罪は消えない」というもので、もっと正確に言えば「償うまで罪は消えない」のです。

だからもし事件が起こって「こんなの許せない!」と思ってもいいのですが、それは必ず正義によって公正に処理されると考えることが大切になります。
これを知るとみなさんは「あいつが憎い」から「ああ、かわいそうに。あの人はいつかは償うのだな」と思えるようになるのです。


そしてもう一つ、神様はその人が罪を償ったならば、同じ罪では二度と裁きませんし、昔のことを掘り返して差別することはしません。
その人が犯した罪の分をちゃんと償ったならば、もう終わりです。
人間のように復讐心から、何度も昔のことでやり返したりはしません。


これこそが正義です。
ですから、みなさんも友達が謝ったら許してあげましょう。
そうしないと、今度は許さなかったことで、平等の神様からみなさんが罰せられることになってしまいます。
だってそうでしょう? 必要以上に罰したということは、100円貸したのに200円返せと言うようなもの。それは正義ではありません。公正でもありません。
ならば、その余分な100円の分は、みなさんが払うしかありません。それで同じになります。


最後はちょっと怖いお話でしたかね?
でも、これが本当の正義と平等なのです。


こうして神様は法則によってすべてを裁いているので、神様の視点から不平等というものはないのです。


さて、次回はここの部分についてもっと見てみましょう。
きっと神様がもっと好きになりますよ! 先生が約束します!





1章 その6「神はすべてを知っています」

昔から、悪いことをすると「お天道(てんとう)さまが見ているぞ」と言います。
どんなことも見られているのだから、ちゃんと人生を生きないといけないという戒めです。


神が法則によってすべてを制御しているので、まさにこれは真実なのです。


細胞の動きすら神様が支配しているのですから、みなさんが何を考え、何をしているかなんて丸見えなのです。
私たちには神様が見えないだけで、実際はすべて見られているのです。



うひー、怖い! お父さんのドーナツを勝手に食べたことも知っているの!?


知っています。丸見えです。どかっとすっきりまるっとお見通しです。


お母さんのへそくりの場所も、みなさんが隠している秘密の趣味も、全部まるっとすっぱりお見通しなのですよ!!
なにせ、この宇宙に住んでいる以上、「神様の中」で暮らしているようなものなのですから、神様が知らないことなんて何もないのです。
当然、髪の毛の一本一本すら法則によって完全に制御されていますので、ダメージケアをしてもお見通しなのです。


そして、自然法則というと、ついつい物質的なことばかりに注目しますが、心もまた法則によって生まれています。
みなさんの感情の動き、考え、魂そのもの、霊そのものも法則です。

前回も言ったように、法則がなければ何も存在しないということは、生命そのものも法則によって生まれていることになります。
法則が神、法則が生命ならば、神そのものが生命力そのものである、と言うこともできるのです。


ちょっとわかりにくいですね。


簡単に言えば法則とは、物、精神、霊、まさにすべての次元において存在するのです。


物質の法則はとても簡単ですね。物理や科学などで簡単に学べます。
今ある生活用品、電化製品などはまさに物的法則の塊です。
また、心理学などでは心の働き、法則について研究しています。
これに心霊学の霊的な法則が加わることで三つの側面が揃います。


これによって重要なのは、みなさんが何を行ったかだけではなく、どんな感情を抱いていたのか、何を動機でそれをやったのかも神様はすべてご存知です。
たとえば、顔では笑っていても心では悪口を言っているのも、全部全部、神様には知られているのです。
逆に、みんなには知られていない善いことをしたときも、神様は全部見てくれています。
困っている人を助けた、親切にした、ちゃんと朝の挨拶ができた、真面目に勉強した。何でも知っています。


善いことも悪いことも、神様が知らないことは何もない。


まずは、これをしっかりと覚えておきましょうね。
毎日が忙しいと、ついつい忘れてしまいがちですが、ここは本当に重要なことなのです。