「ミーラインソフィア」-絵本と生命の知識- ブログページ

ミーラインソフィアのブログページです。
心霊学や体験談もとに絵本や言葉で、より楽しく生きる価値観をご提供できればと思います。
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思想の責任

人間は行動だけではなく、自分の考えや思想にも責任を取らねばなりません。
なぜかというと、実は私たちが考えたことは見えない領域で実体化しているからです。


一般的にエーテル層と呼ばれる領域で考えたことが実体化しています。
このエーテル層というのは非常にあやふやな表現ですが、
地上と接している幽界の下層部との境界だと思えばよいでしょうか。


たとえば、何かするときでもイメージしますよね。
ご飯が食べたいな、旅行に行きたいな、こんな絵が描きたいなとか。
それらのイメージは思念によってこのエーテル層に実体化するわけです。


絵なんてまさにその象徴ですよね。
自分の中の理想像があって、それに物的に少しでも近づける作業が絵です。
頭の中では出来ているのに手元の技術がないので描けなくて
やきもきすることもよくあることです。


ただ、弱いイメージや、継続性のない考えはすぐに消えてしまいます。
実際に固定化されるほどのイメージや創造力となれば
それこそ強い願望、強い思念の力が必要となります。


たとえば、この地球(物質)もイメージによって作られています。
我々から見て神にも等しいような神霊の創造力(イメージ力)は想像を絶するので、
実際の物質も思念によって生み出すことができるわけです。
我々人間程度ではそこまではいかないけど実体化はする、という話です。



さて、私たちが考えていることが集まってできたものを「思想」と呼びます。

この思想、毎日考えているのでとても強いイメージ力があります。
それがどんな思想でも、毎日強烈な願望を抱いていると実体化するわけです。
たとえば宗教のように、何十年も何百年もその考えを抱いていると
それらが実体化するような事態になります。


たまに大仏や仏が見えるというのは、このイメージの産物です。
誰かが考えたものが見えたり、あるいは凝り固まった思想が実体化したもの、という場合もあります。
特定の思念には力を得たものもありますので、私たちが日々考えること、
特に思想についての責任は重要であると考えられますね。


先日、新聞を読んでいて、あまりに社会に染まりきった考えを掲載している記者がいました。


当人は正しいと思っているのでしょう。
しかし、視点を変えるといかに身勝手な意見かがわかります。


先生が新聞をあまり信じないほうがいい、というのは、こういうことを言っています。
新聞は(外的な)事実を伝えることには優れていますが、
基本的には表面的な現象にしか目を向けないので、どうしても思考が単調になります。

ですが、新聞が正しいと思っている人が読んでしまうと、その考えが彼らにも伝播して影響を与えます。

よく投書欄でまるで自分の考えのように新聞に書いてること丸出しの投稿をする人がいますが、
こういう人はすでに自分の考えを失っていて、相手の言葉を繰り返すオウム状態になっているのです。


先生の父親がこのオウムです。
話をしても、新聞やニュースで言っていることを自分の考えのように話し、
酷い場合は先生が今言ったことを、直後に自分の考えのように繰り返します。
これは危うい状況なので、みなさんは気をつけてください。


というよりは、あまり思考力や知能の高くない霊にありがちな症状ですから、
どうしても防げない一面はあると思います。
こういうタイプの霊は、他人の思想に影響されやすいのが特徴です。


ここでようやくタイトルの言葉に戻ります。


自分の思想を出すということは、こうした未成熟な霊に大きな影響を与えます。


自分がやったことが自分に戻るのが因果律なので、
相手に影響を与えたら、その責任も負わねばならないのです。
先生も、出した作品の影響を受けた人に苦しめられたことがあります。
そのときは「これが因果か」と改めて怖くなったものです。


この悪影響の一番わかりやすいものが洗脳です。
選民思想、愛国主義、こうしたものがどれだけ悪影響を及ぼすかは
今の国際状況を見ても簡単にわかるものです。


この場合、思想の発端となった人は死後どうなるか。


自分が悪影響を与えた人全員が解放されるまで面倒をみなくてはならなくなります。


それまで進化できないような仕組みになっているのです。
これは相当に厳しい状況です。


霊訓では、特に宗教関係にスポットが当てられています。
自分であまりよくない思想だとわかっていて教えを広めた人が、
後悔して苦しみながら一人ひとり解放して回っている姿が取り上げられています。


先生もみなさんも、誰かに何かを伝えるときは気をつけねばなりません。
少なくともそれが正しいと思うことだけ伝えるようにしましょう。