2章 その4 「人類は神(霊)において平等なのです」
世の中にはいろいろな人がいます。日本人だったりアメリカ人だったりロシア人だったり、あるいは男だったり女だったりニューハーフの人だったり。それはもう、人の数だけ違いがありますね。
残念なことに、こうした違いによって世の中には差別がたくさんあります。人種が違うからといって迫害したり、好みが違うからといって仲間外れにしたりと、それはもういろいろです。
みなさんも学校でこうした光景を見たことはありませんか? 今の世の中では珍しくない光景です。国家間のいざこざの絶えない世界に暮らしていれば、それが当たり前に思えてしまいます。
さてみなさん、今回は平等についてのお話です。
人類が平等があるべきなのは、倫理観からしても間違いないことです。同じ人間同士であり、所詮は人間なのですから限界があるのは誰しもが同じです。
ただ、その根拠がはっきりしないので間違った考えに呑まれてしまうことがあります。確固たる理論と根拠がなくては波風に耐えられません。
しかしながら、霊という存在がすべてを支えてくれます。
私たちはすべて神において平等であり、誰もが兄弟姉妹なのです。
その根拠は、人はすべて神によって、等しく同じ霊を与えられているからです。
これ以上、明確な答えはありません。
これを知るだけであらゆる迫害と戦うことができます。
神様は、人間の霊をすべて同じに造りました。
霊に色はありません。形もありません。すべてが同じ存在なのです。また、能力も同じにしました。すべての人間を最初は何も知らない赤子として造ったのです。
ただ、神様はご自身を表現なさるために、無限の可能性を宿しています。人間の霊にある無限の可能性も同じです。
顔立ちや身体、肌の色、遺伝子が一つ一つ違うのも、すべてそうした可能性を表現するためのことであり、違って当然なのです。違わないと意味がないのです。
もし世界がすべて同じ人間だとしたら、こんなにつまらないことはありません。新しいことがまったく存在しない世界になってしまいます。最新のゲームもなければ、新しい電化製品も生まれなくなってしまいますね。違いの中から新しいものが生まれるからです。
ここで一つ思い出してください。
神様は因果律という法則を作りました。これはなぜでしょう?
自分がやったことが自分に戻ってくる法則をなぜ作ったのでしょう。
これは、人類が皆仲間であり、自分自身だからです。
究極にまでさかのぼれば、人はみんな同じ霊、神様から生まれた同じ存在だからです。相手に攻撃すれば、自分を攻撃することと同じ。だからそれが返ってくるのです。とてもとても簡単な理屈なのです。
本来、人類はすべて仲間です。もし、すべての人がそれを認識すれば、どこに行っても仲の良い家族がいるような世界になります。これは素晴らしいことではないでしょうか? 誰もが優しく迎えてくれるならば、今の社会にあるギスギスした空気もなくなります。
誰もが同じであることを知れば、相手に優しくなれるのです。相手に優しくすることは自分に優しくすることと同じなのですから。
神様が直接人間に干渉しないのは、私たち人間がこうした人類愛を知るためでもあるのです。神様は、人間同士が愛し合うことを求めています。同じ霊同士、お互いが愛し合うことは、神様を愛することと同じなのです。
だからみなさん、忘れないでください。
学校で嫌な思いをした時は、相手もどこかで同じ嫌な思いをしていること。誰もが何かしらの苦しみを抱いている自分と同じ存在であること。人は助け合うことで神に奉仕できることを忘れないようにしましょう。
格好悪いことはしない!
格好良く生きる!
格好良さとは、綺麗な格好をしたりナウい(死語)車に乗ることではなくて、弱い人を守ってあげることです。自分自身に負けないことです。間違ったことと戦うことです。ただし、温和で平和的な手段で、確固たる自信を持って。知識はみなさんを守る盾と鎧になってくれるでしょう。
とてもとても難しいことではありますが、愛すること、それがすべての処方箋です。
その1 「心霊学は、死んだ人から実際に聞いた 『あの世』の情報なのです」 - 「ミーラインソフィア」-絵本と生命の知識- ブログページ
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