「ミーラインソフィア」-絵本と生命の知識- ブログページ

ミーラインソフィアのブログページです。
心霊学、スピリチュアリズムをもとに絵本や言葉で、より楽しく生きる価値観をご提供できればと思います。
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2章 その16 「人間と動物は違います」

よく人間なんて動物と同じさ、とニヒル(死語?)な人は言いますね。サルやチンパンジーも遺伝子としては人間とあまり大差がないと言われています。


しかし、人間と動物は大きく異なります
その最大の違いは、があるかどうかです。


人間の肉体が地上の物質によって造られているので、そこだけ見れば動物と同じなのは当然のことです。動物も人間も、肉体は同じ地球の素材で構成されているからです。


ただ、人間には霊魂があります。人の本当の意識であり、神様の分霊である永遠に存在し続ける要素です。ここが大きな違いとなります。


人間は、霊的、精神的、物的な三つの要素でできていると言いました。今まで述べてきたものですね。一方、動物にあるのは精神的な分野までです。彼らは肉体的な欲求、いわゆる本能の欲求によって生きています。そこが人間との違いです。


でも先生、動物もすごく知性的な子がいるよ? 仲間同士で助け合うなんて、むしろ人間より優れているんじゃないの?


その通りです! 自然界の動物を見ていても、「仲間同士で殺し合うのは人間だけさ」とニヒル(死語)な人の言葉が聴こえてきそうで、実に耳が痛いです。しかしながら、人間が本気になればすべての存在に対しても慈悲を抱けるようになります。それは動物には不可能なことです。


しかも、よくよく考えてみると、人間はお互いに殺しあえるだけの知性を持っていることになります。それは本能を超えたところにある思考力を行使した結果です。それが悪い方向に出ているので、悪い結果になっているにすぎません。
一方の動物たちには、そこまでの判断力と思考力が存在しません。生活の向上のために、自ら物を生み出したり、アイデアを出すことはしないでしょう? そこが大きな差です。



動物には心霊能力も存在しますので、逆に考えれば精神的なレベルでもそれだけの知性と能力を有することができる、ということでもあります。


地上の人間の精神だけでも、これだけのことができているのですから、いかに霊的分野が驚異的かとも言うことができるのです。


動物が霊を持たない証拠として、動物は死ぬと個性(自分が自分だという個別的意識)を失ってしまって、各種族ごとの全体の意識と融合してしまいます。


動物とはいえ、せっかくの意識が消えてしまうのは残念ですが、それはそれで価値があります。種族ごとの霊(類魂)というものがあって、個別的意識は残りませんが、人間とは別の独自の進化を遂げていくために役立つわけです。


ただし、例外もあります。今述べたのはあくまで自然界の動物の事例。野生で暮らしてる熊さんやサバンナのライオンさんなど、人間の手が加わっていない子たちです。一方、いわゆるペット、人間の愛情を受けた動物は、肉体の死後もしばらくの間だけ個性を持続させることが可能となっています。


唯一、人間と一緒に暮らした動物だけ、個別的意識を持続させることができるのです。ペットに与えるのは、愛情です。可愛くて可愛くて、毎日強い愛情を与えていきます。その愛とは、単なる精神的オーラではなく、霊的な分野に属する波動なのです。


こうした波動には創造力があり、動物の進化を促すことができます。それによって一時的に進化が加速した動物は、霊的な次元でもある程度の間だけ個性を持続させることができるのです。
これも簡単なお話。神様の分霊である人間は、神様の創造の能力をミニチュアの状態で持っているわけです。少し言い方はあれですが、神様の真似事ができるわけなんです。


よく植物に話しかけると成長が速くなるとか聞きませんか? これも波動の原理が影響しています。こうした能力は霊的存在特有の力で、影響力を行使した結果というわけです。


こうして人間が愛を与えると、動物のレベルが一段階引き上げられ、いわゆる幽界と呼ばれる霊界の下層部まで個性を存続させることができるようになります。人間が日々愛を与えることで、彼らに一時的な意識の入れ物を造ってあげていると言うこともできます。


ですから、もしペットが死んでも、自分が死んだあとには普通に会えるので安心してください。しかもその時には、テレパシーで動物とお話することもできるでしょう。


その知性にみなさんもきっとびっくりするはずですよ!
実際に死んでからペットに会った人は、猫ちゃんの言葉があまりに普通なのでびっくりしたりします。「あまり無理をしないでね」なんて言われたら感動しちゃいますね。


動物は人間とは違いますが、とても大切な仲間なのです!
ただ、その上位者である人間には、彼らを守り、愛を与えて進化を促す役目があるのです。








2章 その15 「肉体は霊の道具。大切にしましょう!」

みなさんは、肉体を大切に扱っていますか?
夜更かししたり食べ過ぎたり、無茶な運動で壊したりしていませんか?

まあ、先生も耳が痛い話でして、二十代後半から三十代前半までの無茶な活動で目を痛めてしまいました。いまだに目の不調に苦しむ日々なので、みなさんのことは言えません。申し訳ないです!

ですが、肉体は大事にしないといけません。これは権利ではなく義務なのです。まさに神様から与えられた仕事の一つでもあるくらい重要です。


まず、肉体は意識の本体である霊が、地上で活動するための大切な道具です。この道具が傷んでしまえば、活動(体験)に大きな支障が出ます。


実は、多くの人が肉体的欲求によって、必要以上に身体を傷つけており、その結果として霊魂の意識が上手く表現できない状態に陥っています。


今の日本社会を見てください。長時間の残業や過酷な労働で身体を壊したり、精神が疲弊している人がどれだけいるでしょう。その結果、神経が高ぶってしまい、ちょっとしたことでイライラして、衝動で暴力を振るってしまうこともあります。


たとえば、何かの会話で「それって失礼じゃありませんか?」とか言う人がいます。政治家の人でもたまに見かけますね。たしかに失礼な言動ってのは日常にありふれています。お父さんやお母さんの無神経な発言に、みなさんも苛立つこともあるはずです。

でも、これって神経が過敏になっているから反応してしまう現象なのです。もし心に余裕があれば笑ってやり過ごすこともできますし、さして気にならないでしょう。常に疲れているので、肉体が精神に悪い影響を与えている状態なのです。


自分はタフだと思っている人でも、単に疲れている状態に慣れているだけ、という場合があります。多くの人はこの状態なのです。これが一番怖いですね。すでに自分で自分を制御できない段階まで疲れてしまっているのです。
昔、サッカーの日本代表だった藤田俊哉選手が、アジア予選でこんなことを言っていました。メンタルを整えるにはフィジカルを整えるしかない。と。これは本来の逆のプロセスですが、まさに真理です。肉体を正すことで精神的に落ち着きを与えて、結果として霊の意識を表に出すことができるのです。みなさんも、身体が満たされている時は心に余裕があるはずです。



疲れが精神や霊に影響を与えることはわかりましたね。
では、どうすればよいのか。


みなさんは、テレビや大人たちからの情報で、これらの労働が必要だと思っていませんか? 今ある社会のあり方が普通なのだと。なければならないのだと。


いいえ、違うのです! まったく不要なのです!


その証拠に、霊人さんからは「地上の人間は、自分たちの欲求を満たすために、必要以上に労働を課しています」と言われています。


あたかもそれが必要であるかに思わせていますが、実際は必要ないのです。先生の母親は保育園に勤めていたのですが、よくこんな言葉を聞きました。「高級車に乗って出迎えに来る親が多い。みんな、贅沢をするために子供を預けてまで働きたいんだね」と。


それぞれ事情があるので、この発言がすべて正しいわけではありません。必要だから仕方ない人もいるでしょう。


ただ、極論を言ってしまえば、人間に必要なのは最低限の衣食住だけなのです。


食べ物だって、今みたいに太るほど食べる必要はありません。これは外国の話ですが、戦時中に食料規制があったとき栄養失調が懸念されましたが、いざやってみると健康になった人がいたという話です。その他、今ある文明の多くは絶対必要ではありません。人間が生きる、ということにだけ絞れば、そうそう必要なものはないのです。

今の時代には極論に感じるかもしれませんが、神様は文明の発達を重要視はしません。まず何より心の発達を最優先します。なぜならば文明は滅びますが、霊魂は永遠に生きるからです。死んで残るのは意識だけなのです。


神様の項目で、人間には自由意志があると言いましたね。神様は人間に自由を与えており、かなりの自由を与えています。特に自分の身体や行動に関して、相当な自由を与えてくれるわけです。ただ、その結果は自らが受け取らねばなりません。肉体的欲求を満たすために労働を課した結果、精神的、霊的に影響が出るのは当然であり、その結果は自分で受け取るのです。


こうして、肉体は非常に優れた道具なのですが、欲求に負けて多くの人が壊してしまっています。そうなると、肉体が疲れきってしまって、本体である霊的意識が出ようにも出られなくなります。

特に大人になると、お金を稼がないと生きていけない! と勘違いして人生を間違えることがあります


この根底にあるのは恐怖です。そして、自分だけが良ければよい、という自分勝手な心です。すべては神様によって支配されていることを知ると、こうした恐怖も消えていきます。次の章で述べますが、お金の有無も神様によって制御されています。もしお金が入ったとしても、それはすべて神様からの借金なのです。



昔から、肉体は魂の宮と呼ばれておりまして、神聖なものとして扱われていました。肉体がなければ、霊は地上で活動できません。そもそも生まれてきた意味がなくなってしまうからです。


みなさんも肉体を酷使しないように気をつけてくださいね。今は文明の物的発達によって便利になりましたが、その分だけ誘惑が多いです。ゲームは楽しいですが、夢中になれば色々なものを失います。


当然、自分の身体が大切なものである以上、他人の身体も大切なものです。悪意で相手を傷つけることはけっしてあってはなりません。それは神に対する反逆に等しいのです。






2章 その14 「肉体は精神によってデザインされました」

次は物的次元、私たちの肉体のお話です。
肉体については医学や研究によってある程度わかってきていますが、ここでは心霊学っぽく、みなさんがあまり知らない話題にしましょう。


さて、みなさんには肉体がありますね。この肉体、いろいろと疑問に思うことはないでしょうか。
たとえば、持っている肉体は人それぞれ違いますし、先天的な病気を持っていることもあります。そうなると、「どうして私だけ、こんなに苦しむの?」と嘆いてしまいますね。先生だって、もっとこうだったら! と思うことはあります。


では、肉体とはどうやって造られたのでしょうか。もちろん、遺伝子によって造られました。お父さんとお母さんの遺伝子の合体によって、どういう因子を受け継ぐかは決まります。ですので、おおまかなデザインそのものは遺伝子のものです。顔が両親のどちらかとそっくりな人って多いですよね。二人の遺伝子をもらったのですから当然です。


しかし、何事もまず霊が起源です。この世のすべては、高い次元から低い次元へと顕現していく性質を持っています。すべてが霊的次元から発生し、精神的次元に表現され、物的次元へと顕現していく習性を持っています。
実は肉体を生み出す時、私たちの本当の意識である霊は肉体の創造に立ち会っています。これから送る人生に必要な能力と条件を付与するために守護霊さんたちと一緒に自ら肉体をデザインをしています。


先天的な病気(による苦しみ)が人生に必要な場合、この段階で肉体の遺伝子を操作します。肉体とはただの道具ではありません。みなさんの霊魂の外的表現、いわば写し身です。霊体の項目で、肉体に霊体の状況が反映するといいましたね。あれと同じく、肉体そのものが霊の本質を示しているのです。いわば、地上での霊の表現が肉体なのです。


ですから、生まれもって病気を持っている人、あるいは人生のある日、珍しい病気になる人などは、あらかじめ肉体にプログラムされていると思ってください。因果律は絶対ですから、その体験が人生において必要だから組み込まれたのです。
先生も実は一つこうした疾患を持っています。これによってどれだけ苦しんだことか。人によってはどうでもよいことかもしれませんが、その人にとっては最大の苦痛ということがあります。だからこそ意味があるわけですね。


さらに順序をたどっていけば、潜在的にそうした疾患の遺伝子を持っている両親を選んで生まれてくる、といえます。霊の行動は、常に地上の法則の制限を受けますので、そうした両親を選べばよいわけです。


ですので、みなさんが味わう肉体的な欠損や病気は、すべて自分の霊が自ら得ようとしたものなのだ、ということを忘れないでください。


先生もかつて親を恨んだこともありましたが、大人になって「ああ、自分にとってこれは救いなのだ」と気がついたものです。もしこの状況がなければ、きっと人生を誤っていたでしょう。人間は誰もが心が弱いですからね。誘惑に負けて人生を台無しにするより、はるかにはるかにありがたいことだったのです。


ここでは、肉体は霊と精神の反映である。と覚えておきましょう。そこに自ら選んだ両親の遺伝子の制限が加わって造られたのです。