「ミーラインソフィア」-絵本と生命の知識- ブログページ

ミーラインソフィアのブログページです。
心霊学、スピリチュアリズムをもとに絵本や言葉で、より楽しく生きる価値観をご提供できればと思います。
子供~学生から、お子さんを持つ大人のみなさんまでお気軽にごらんください(*^^*)

〇HPはこちら(制作途上)
http://mirainsophia.net/

情報量の多さで困ること

知識の深みにはまって一番困るのが、
情報が一気に出てきてしまうことです。
一つの事柄から、今まで得てきた膨大な情報が芋づる式に出てきて、
何も知らない人に説明するには明らかに不要な、
高度あるいは難解な情報まで出てきます。


しばらくブログをやっていなかった時期に書いたものも、
何も知らない人には「おとぎ話」として評価されました。
それはそれで楽しんでいただけたようで何よりなのですが、
「なるほど、そう見えるのか」と勉強になったものです。
たしかに現実というのは、神話よりも奇なるものですからね。


それは納得できる反応ですが、これらの現象から、
簡略化するにしても、知らないうちに詰め込もうとして
無駄、あるいはよけいな情報を入れすぎているのでは?
だからもう、現実とは完全に離れたように思えるのでは?
と考えるようになりました。


情報量が多いということは、それだけさまざまな文献を漁った証拠。
探究心と努力は素晴らしいとは思いますが、
それによって知識の海に呑まれている可能性があります。


こうしたことは山に篭っていた代償かなと思います。
これを思うと各分野の専門家の人の気持ちもわかるというもの。
私の専門はもともと創作の分野ではありますが、
たしかに技術論となると説明することも専門的になりがちです。
少なくとも完全なる素人には訳が分からない話になるでしょう。
(同じ絵描きさんと話すと、会話は実にスムーズではあるのですが)


これはマニア同士の会話と同じですね。
お互いに専門的な知識があるから、そこで盛り上がれる。
まあ、主義主張の違いで揉めるかもしれませんが、
少なくとも相手の言っていることは理解できるわけです。
が、素人が聞くと「何の話かすらもわからない」となります。


マニアならば、それで優越感を感じるのでよいのでしょうが、
さて、こうして伝えることが目的となると厄介な問題となります。
その意味でも、復習を兼ねて初歩の初歩を勉強するのは素晴らしいことです。
何事も基本が重要ですから、何度やっても損にはなりません。

ただ、全体的な復習は一年半前くらいからやっていますが、
今度はシンプルがゆえに難解という事態に陥ります。
たった一言にどれだけの意味が込められているかを知っているからです。
さらに、先生が知らない意味が込められているかもしれません。


「これは本当はどういう意味なのだろう?」
「ここの文言、言い方が気になる」
と、それを考えるだけで、動きが止まってしまうこともしばしばあります。
今度はそれに関連して、地上の出来事、文化や社会のことまで浮かんできて、
関連を考えるだけで時間だけが過ぎていく状態になるのです。


師は弟子に合わせて法を説く、という言葉があります。
これは特に霊的なことに関しては必須の要素でして、
相手に理解できるものに変換する能力を指します。
まあ、これゆえに勘違いが生まれるので、宗教が誤解されやすいものになったり、
弟子が勝手に改竄したりという事態になり、
よりややこしいことになるわけですが、やはり重要な能力です。
伝わらなくては意味がありませんからね。


絵本や童話は、それをさらにシンプルにしたものですから、
この凝り固まった頭をほぐすには、とてもよい作業だと感じています。
最初は絵本でもやりすぎてしまったりして、「ここはカットだな」という場面が非常に多いですけどね。(それが遅れている最大の理由です)


知識があるというのは良いことに違いありませんが、
アウトプットする時に注意しないといけないことがある、
ということを今学んでいます。
これを考えると、シルバーバーチの霊団はよくあんな簡潔にまとめたものだと
そのあまりの凄さに驚愕するしかありません。


常々上位の霊団の代弁者にすぎないとは言っていますが、
霊界での出来事を考えれば、もう想像を絶するほどの情報量のはず。
それをあそこまで簡潔にできるとは・・・
当たり前といえば当たり前ですが、
霊が持つ能力と肉体につながれた生身の人間の差を痛感するばかりです。


とまあ、先生もいつもメテオノヴァとか言っているだけではないのですよ!
考えに没頭して引きこもっていると、いざという時にアウトプットできない事態に陥るものです。
今必要なものを的確に選択できる力をもっと身につけないといけませんね。
これもまた日々勉強あるのみなのです。



既成宗教家の断罪

昨日の記事を踏まえての少し厳しいお話。


宗教家に対しては厳しく接するべきだと考えています。

なぜならば、現状の社会にある悪癖の多くを生み出したのは彼らの責任だからです。
人々から神を遠ざけ、宗教をやっているやつなんて頭が狂っている、という印象を大衆に与えたのは、何よりも彼らの責任です。
まあ、昨日の記事を読んだ人なら誰でもそう思うでしょう。


シルバーバーチなどは英国で始まったのでキリスト教がメインですが、
やはり日本では和製仏教とも呼ぶべきものが最大の敵だと再認識しました。

葬式や供養など、大きな誤解を招いたうえに、今でも維持し続けています。
今の現状があるのは彼らの無知が原因です。
それが仕事であるにもかかわらず完全に勉強不足なのです。
これが民間企業ならば、即座にリストラの対象になるレベルです。


以前書いた記事にも、神がすでに既成宗教を見放していることを書きました。
その結果として、先生のような人種が尻拭いをすることになったことも。




結果的に個人の自由が確立されつつあるので、これはこれでよかったのでしょうが、
その責任の重さは相当なものです。


なので、先生も宗教家あるいは、この間のように街頭で宗教を広めようとしている人間には厳しく接します。
正直、あれでも相当手加減をしたのです。
本当ならばもっとボコボコにしてあげたいという気持ちすらありますが、
それはそれで問題ですし、先生大人なので控えました。


※まあ、本当に真面目にやっている人からすれば、同じ既成宗教であっても「あんなやつらは偽者だ」と言いたいでしょう。が、どちらにしても、もはや落ちぶれたものなのは同じことです。



みなさんが宗教なんて狂っている、と思うのは当然です。
先生も昔はそう思っていました。
彼らが戦争を生み出し、人類の進化を阻害している俗物だと、はっきり言っていたくらいです。


ただし、もしそう思うのならば、


堂々と論破できる知識がないといけません。

「ここが間違っているので、あなた方の理論は破綻している」
「最初のここの部分の前提がこう間違っている」
と具体的に指摘できないといけません。
それはまさに法を学んで、法律違反を指摘するようにです。
強い心を胸に秘めて戦わないといけません。


ただ、彼らに共通しているのが「物的なことに執着している」ことなので、そもそも価値観が違う以上、話が通じないのは当然かもしれません。
彼らは幸せがどうこうを繰り返していましたが、
死体がどうこう言っている時点で、物的なことしか頭にないのです。
その段階で自らの心の存在をすべて否定してしまっています。


ただ、そういった残念な人々にも効用があります。
彼らを見て愚かに思ったみなさんは、
「地獄って何だろう?」「そういえば、人は死んだらどうなるのだろう?」
と疑問を抱くかもしれません。
それがきっかけになって知識への欲求が芽生えるでしょう。


つまりは反面教師です。
あまりに酷いものを見てびっくりして、本当のことが知りたくなる。
神が決めた以上、彼らはいずれ滅びる定めにありますが、
悪を見て善を知るように、そういった役割としては少しは存在価値があるのでしょう。


すでにドグマに汚染された人々は、ほぼ絶望的です。
それよりはまだ既存宗教に嫌気が差して「死んだら終わりだ」と考えている人のほうが見込みがあります。
なぜならば、そういった人々は本当は信じたいのです。
すがるものや、頼るものを得たいと思っているのです。
ただ確信がなく、知識がないので、今のところ「ない」と無難に対応しているにすぎません。



余談ですが、先生が対話して結局完全に駄目なのは女性ばかりでした。
女性というのは感受性に優れている反面、論理的な思考が苦手なので、
一度信じ込んでしまうと論理的な話をいっさい受け付けなくなります。
そうなるともうお手上げです。


論理を説いておきながら、論理の破綻を指摘しても、それを受け入れられないのです。
それならば論理を説かねばよいとは思うのですが・・・
そのあたりは少し不憫にも思います。

さらに依存心が強い人が多いので、これをなくすともう生きていけない、
と思うようになります。その心情を悪い連中に利用されてしまうのです。


ですから、女性が宗教に関わる際は、特に気をつけたほうがよいと個人的には思います。


ただし、一度正しい道に入れば、女性ほど頼りになる存在はいないでしょう。
私たちはまだ男女として分かれていますが、それは役割があるからです。
お互いの長所と短所を埋めあうことで、神をよりよく体現することができます。
霊的成長を遂げていけば、いずれは性という概念がなくなる統一体になっていくので
今はこうした違いを楽しむのも楽しいのかもしれませんね。











困った人たちとの対話

みなさん、こんにちは!!


全然関係ないですが、実際のところどこの業界でも、
何時であっても挨拶は「おはようございます」だったりしますね。
夜勤をやっていても、誰かと出会ったときはおはようございます。
うーん、面白いものですね!


と、いきなり関係ないお話から始まりました。


さて、ブログをあまり更新しなかったのは、
知識と関係ないことは極力書かないでおこうと思ったからなのですが、
これからHPも少しずつ動いていくので
ブログはブログとして本来のあり方で使用しようと思っています。


そこで本日は、昨日あったことのお話です。
そこでいくつかショックだったことを書きましょう。
うむ、ブログっぽいですね!!感動です!



しばらくこのブログを更新していなかったのは、
違うジャンルで活動していたからです。
まあ、そこでも霊的な知識を土台として書いているわけですが、
先生は基本、山にこもって生活をしていますので、俗世の余計なことに関わらず、
知識はより深く、難しい問題へとシフトしていきます。


問題はもっと謎めいたこと、霊界の上層部や、より細かいことばかり。
そりゃもう、頭の中では類魂の融合やら宇宙や銀河の拡大のことやら、
はては天使や龍神さんに至るまで色々と考えることは一杯です。


ただし、これらは専門知識の中でも難解なもの。
たとえば、大学院や研究室で、より深い知識を学んでいる感じです。
わかっていないことを考えて推論する。違う方面の知識から推測する。
こうやって知識はどんどん深くなっていくので当然の流れです。
日々、そんな調子で生きていました。


そんな昨日のこと。
スーパーの帰りにたまたま「宗教の勧誘」に引っかかってしまい
そこで話し合うことになりました。
(なぜそうなったのかは、その時はわかりませんでしたが)


日蓮だったかなんだったか、あまり記憶にないのですが、
先生は興味がなかったのですが、心霊学(スピリチュアリズム)のことを聞くので
気が乗らないまま問答する形になったのです。
なぜ気が乗らないかといえば、先生はすでに対話による教化というものは諦めています。
今までの経験から、少なくとも今の世代にそうしたやり方は合わないと知ったからです。


今は小学生でもスマホに釘付けの日々です。
イスラム国がネットで勧誘するように、知識の伝達はネットを通じて


自らの意思で選ぶ時代になっています。


今まで押し付けられた反発が顕著に出ていて、
多くの人が自分で選ぶことで人生を彩る仕組みが出来上がっています。
(当然、若い人が中心ですね)
それもあって、基本は自分で選んで自分で学ぶ、という形を取ります。
また、今まで試した結果、先生には対話方式は合っていないことを知っています。


それが示されたのが昨日の対話です。
先生は難しい話はしないのが信条なのですが、
必要な専門知識についてはすでに当たり前になっています。
たとえば、物質が振動していることや、霊体が存在していること。
それはとても当たり前になっている話なのですが、


そりゃもう、会話がつながらない、つながらない。


まず単語自体を相手が知りません。
そんな相手に、物質は常に振動していて~、振動数が変化すれば~なんて話をしても、まったく理解できませんね。
この知識はみなさんが中学・高校時代に学んでいる知識のはずですが、
たしかに大人になると、よほどのことがないと忘れてしまいます。


そして、霊体すら知らないことに驚愕しました。
その段階でどう対処すればいいのか、しばらく思案したくらいです。
家に帰ってから思い出したのですが、前に仏教徒の人と話した時も
そもそも霊の存在自体を否定していた気がします。


それだけならばよいのですが、そうであるのに
「来世が~」という不思議なことを言い出します。
話を総合すると恐ろしく物的な主観をもった人々のようです。


「これを信じると、死んだとき身体が柔らかくなる」


「これを信じないと地獄に落ちる」


要約するとこんな宗教でしょうか。
(悪気はないんです。覚えているのがその箇所なのです)


ごめんなさい。
先生、スーパーの前で笑ってしまいました。


それも鼻で笑ったあとに、「はっはっは」と。
「何を馬鹿なことを。まったく関係ないですよw」と。


「先生、人を馬鹿にした態度はいけないと思います!!!」


その通りです。そこは本当に反省しています。
でも、あまりにも可笑しかったので、本当に笑ってしまいました。
素で可笑しかったので、そこは不可抗力です。
みなさんだって、相手が変なことを言ったら笑ってしまうでしょう?
先生にとっては、もはやギャグのレベルです。


シルバーバーチが笑う気持ちがよくわかりました。
バーチはユーモアがあるようですが、先生の場合はかなり嫌味だったようで、
たぶん、それが相手を怒らせてしまったのでしょうね。


去り際に大声で「地獄に落ちますよ!!!」


という捨て台詞をもらうという、実に稀有な体験をさせてもらいました。
いやー、漫画以外で初めてこういうの体験をしたので、実に楽しかったです。


「先生、嫌味すぎます!!」


はぁ、まあ・・・その通りですね。みなさん、ごめんなさい。
でもですよ、あまりに整合性が取れていなかったので、
先生色々とツッコまずにはいられなかったのです。
先生、メテオノヴァとか言っちゃう人なので。


もう一つ印象に残っているのが


相手「原因と結果というものがあって・・・」
先生「ああ、因果律ですね。それは当然、すべては原因と結果で成り立っていますね。それで?」
相手「原因と結果の間に縁というものがあってですね」
先生「?? その縁ってのも、何かの原因ですよね?」
相手「いえ、原因と結果の間に縁というものがあって、この縁が」
先生「だから、その縁ってのが存在している以上、それは何かの原因があって成り立ったものでしょう? そうでなければ存在しませんし」
相手「いやだから、縁というものがあって・・・」


コントか!?


だいたいこんな感じがずっと続くうえに、先生が冷静につっこむので、
相手が怒ってきて、「地獄に落ちますよ!!」につながったわけです。
まあ、最後のほうはあまりにお話にならなくて、
先生の頭の中は「買ったアイスが融けないだろうか」で一杯だったので、
ツッコみがかなり早くなったのも要因かもしれません。


このブログを少しでも見た人は、これが馬鹿馬鹿しい迷信であることは知っていますね。
まあ、それを信じる人がいてもいいんです。


が、困ったことに間違った知識を持つ人ほど相手に教えたがるのです。


これは不思議な現象の一つです。
能ある鷹は爪を隠す、という言葉があったり、賢者は語らないという原則があります。
人間というものは成熟していき、本当の知識が身につくと
次第に謙虚になってひけらかさなくなるものです。
知識はもっともっと膨大で、永遠に深いと知っているからです。


先生も謙虚になってから、特に誰かに何かを教えることをしていません。
そもそも山にいるので、誰とも会わない・・・という現状ですが。
それは今の時代はネットがあるので、それを使えばいいと思っているからです。
人間というものは、自分で悟らないと理解はできません。
いかなる知識も、自分が受け入れるかどうかです。


今回も聞かれたから答えただけで、普及会さんのHPを教えて立ち去るつもりでしたが、
相手が聞いてくるので付き合ったにすぎません。
ただ、最後にこんな面白いことが起こるとは思いませんでしたが。
冷静に考えると、この捨て台詞ってレアですよね。
本来、痴話喧嘩くらいでしか使い道があまりありませんし。



重要なことをここでまた述べます。



自分の信仰や知識は、常時進化していくものです。



心霊学やスピリチュアリズムというものは、その道具にすぎません。
気に入らないところがあれば、違う知識に鞍替えしてもいいですし、
自分が整合性が取れているという考えにブレンドしてもいいのです。


あくまで自分自身なのです。
それに適した情報を自分で選ぶのです。


みなさんは、信じなければ地獄に落ちる宗教なんて欲しいと思いますか?
おそらく彼らの人数は、全人類からすれば、本当にごくごく少ない数字でしょう。
そんな彼らだけ救われる宗教なんて、今の時代、受け入れられると思いますか?
そんな主張は、まさにイスラム国や、独裁国家の主張と同じなのです。
ただ、彼らはそれに気がついていないのです。


彼らの末路はこうです。


彼らは死後、自分たちと同じ思想を持つ人間たちと一緒になって、
「やっぱり自分の信じていたことは正しかった」と思って暮らします。
でも、だんだんと何も変わらない現状におかしいことに気がついて、
少しずつ霊的な目が開かれて真実の世界を見ることになります。


人によっては何百年、千年以上もその状態であるとか。
自らが作った想念の実体化、想念体に閉じ込められているのです。
そして、彼らの背後には、そうした低級な霊人が関わっているのです。

彼らは死んでからもそれを信じ、地上での勢力を増やそうと無知な人間を操ります。
そして、彼らが死ねば彼らの仲間入り。この悪循環なのです。
シルバーバーチですら、たった一人のキリスト教徒を救えなかったのです。
それだけ彼らのドグマは根深いのです。


しかも、先生は知識をもっているので冷静にツッコめましたが、
何の知識もない人だと悪影響を及ぼす可能性があります。
そのためにもみなさんは、知識を得なくてはなりません。
正直、相手にする必要はありませんが、仮にそうなってしまったら
堂々とツッコんで撃退してあげましょう。
そもそも破綻しているので、ツッコミどころ満載ですが・・・



さて、次は先生に対しての問題。


何か経験した時は、常に自分にとって何がプラスになったかを考える癖をつけてくださいね。


これを経験して、先生は自分が知識の深みにはまっていたことを思い知りました。
下山して久々に俗世に関わってみたら、
霊体すら知らない現状にショックを受けたのです。
もちろん、それは彼らだけだと思いたいのですが、そこも考えてみれば、
知らない人にとっては驚愕の事実です。


先生はゴーストスイーパー美神の幽体離脱でフライフライフライを知っているので、昔から特に不思議ではないのですが、そうした土台がないと難しいのかもしれません。
しかし、日曜の朝からこれをやっていたとは・・・最高に好きでしたけど。



GS美神 極楽音楽大作戦!! II Full CD フルアルバム (ダイナミック)



先生は自分がたいしたことないと思っていますので、正直怠けていました。
「自分にはたいした価値はないだろう。こんなもんでいいか」という気持ちです。
でもそれって、


怠けるための言い訳ですよね? 先生恥ずかしい!!!


それを戒めてくれた大切な経験となりました。
仕組みでいえば、それも守護霊がそう仕向けたのです。
先生はあまり全力を出したがらない人間なので(やりすぎてしまうので)
最近は四割くらいの力で生きてきました。


でも、このおかげでがんばろうと思えたわけです。
あまりに酷いですし、無学な大人はともかく、子供が犠牲になったら大惨事です。
その前に食い止めなければとも思います。